手軽な一揆の起こし方

エセ評論家の生活と意見

北海道~近畿縦断 その4

E5系やまびこ一ノ関駅に入線

自治体の名称は一関だが、JRの駅名は一ノ関らしい。

三宮と三ノ宮の関係と同じようだ。

2日目午前中に晴れの平泉を廻り、昼過ぎ1時10分ころに一関から新幹線に乗った。

本当は、達谷窟毘沙門堂などもまわりたかったが、車がないと行くのは難しい。

hiraizumi.or.jp

一ノ関で乗った東北新幹線から見える風景は、順番に栗駒山くりこま高原駅付近)、蔵王山(仙台を過ぎたあたりから)、吾妻・磐梯(福島)、那須(栃木)と、1500メートル以上の高峰名峰が目白押しで、東海道新幹線より見ごたえがある。

ニセコアンヌプリは1200メートル台だから、同じ連峰・山塊で標高が1.5倍ともなると、体積は4倍以上にもなり迫力がある。

仙台ではやぶさに乗り換えて、15時に東京駅着。

30分後、東京駅から再び新幹線の長旅である。

次は乗客を物資又は輸送コストか何かとしか考えていないフシのある悪名高い東海道新幹線である。

東京・京都間の2時間20分は慣れたものだが、北海道に住む身で、去年4月から約一年で再びその座席に身を置いたのには感慨深いものがあった。

普通、北海道の住民が東海道新幹線に乗ることは、あっての十数年に一度、ほとんどの人は乗ることがない。

見覚えのある風景が続く。

異常な高層ビルが忽然とあらわれる武蔵小杉、最大の政令指定都市でありながら異様に殺風景な新横浜駅

牧之原の茶畑、弁天島・舞阪の浜名湖、そして豊橋の旧実家近く。

人が誰一人いないことが当たり前の三河安城駅や岐阜羽島駅を目にもとまらぬ速さで駆け抜けていく。

米原駅には、なぜかホンダレーシング"HRC"のレースカーのトランスポーターが何台も止まっていた。サーキットなどないはずだが。。。

3年前まで住んでいた、今は売却された旧宅のある滋賀県南部、「かがやき通り」や、その近辺のフォレオ里山など、かつての生活の風景が車窓を流れていく。

大津トンネルを抜け、狭隘な山科を経て再び入ったトンネルを抜けたら、京都市街だ。

京都駅新幹線コンコース

いやぁ、懐かしい。

幼少期から、ここは到着駅・出発駅だった。

帰ってきた、たどり着いたという感じがする。

ここから先、特急の合間にしか走らない不便な近鉄急行に丹波橋まで乗り、乗り換えた京阪特急はぎゅう詰めの満員だった。

この二日間の電車移動で一番きつかったのがこの最後の区間かもしれない。

樟葉駅に到着したのは、2022年4月30日18時25分だった。