手軽な一揆の起こし方

エセ評論家の生活と意見

リコリコしか勝たん(「リコリス・リコイル」中間評)

 

おっちゃん久しぶりに深夜アニメらしい深夜アニメ見たわ(誰や

 

lycoris-recoil.com

 

1.オリジナル・アニメ作品

最近は配信プラットフォームの急成長のおかげもあって、アニメという「負け筋」の産業も少し収益性が改善してきている、ように感じる。

その中で、ヲタク向けの深夜帯ではなく、呪術廻戦やSPY×FAMILYのように、ジャンプ原作の全世帯向け作品が増えてきた。

同時に深夜帯は、小説投稿サイト発の無個性な「異世界転生モノ」が溢れる焦土と化していた。

 

特に、原作がないオリジナルのアニメ作品は、世に出てみないと面白いか否かもわからないため、ヒットするか否かのリスクが大きい。

ただでさえ分が悪い「アニメ製作」という事業の中で、さらにハイリスクなオリジナルタイトルのプロジェクトは、近年細ってきていたように思う。

しかし、日本のアニメ産業の拡大・成長を支えてきたものがこうしたオリジナル作品群であることは間違いがなく、それが存在しなくなることは今後を占ううえでネガティブな要素であると思われる。

バブル崩壊後だけを見渡しても、1995年のエヴァンゲリオン、2002年のガンダムSEED攻殻機動隊SAC、2006年のコードギアス、2008年のマクロスF、2011年のまどか☆マギカシュタインズ・ゲート、2014年のガールズ・アンド・パンツァーなど、エポックメイキングな作品が数年に一度生まれ続け、引いては寄せる波のように、その度ごとに国内外のアニメ・ファナティック層を拡大させてきた。

オリジナルアニメは、ビジネス的には分が悪いが、これを作ることこそがその文化の存在を世に知らしめる、いわばフラッグシップ、フラッグキャリアーというべき存在だと思う。

自動車に例えるならば、売るためだけならばヤリスやフリード、エクストレイルのような車ばかり作り続ければよいのかもしれない。しかし、そのメーカーのブランドを世に知らしめ、価値を向上させることを担うのはハイパフォーマンス・スポーツカーなのである。それが、LEXUS LF-Aであり、NISSAN GT-Rであり、またACURA NSXなのだ。

こうした、ハイリスクだが当たればデカイ(ハイリターン)、アニメという文化のためにも誰かがやらねばならない仕事が、オリジナル作品である。

 

2.リコリス・リコイル

繰り返すが、近年はこうしたオリジナル作品が減っている印象があり、あったとしても小粒の作品が多かった。

本ブログでも過去に取り上げた、「海賊王女」や「白い砂のアクアトープ」などはオリジナル作品だったが、当該記事の通り「もう一つ足りない」という評価にならざるをえなかった。

 

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オリジナルアニメ作品で、完成度が高く秀逸だったものは、"vivy fluorite eye's song"で、昨年の4月まで遡ることになる。まぁ、昨年4月くらいに1作品あったのなら上出来な頻度ではあるが。

 

しばらくの時間を経て現れ、さらに数年ぶり、いや、ほぼ10年ぶりくらいに、オリジナルアニメ作品で大きなムーブメントを起こしそうな作品(起こさないかもしれない)が、「リコリス・リコイル」だ。

日本語にすると「反動の彼岸花」という、意味が分からないような、物騒なような名前だ。

孤児として政府に保護され、極秘裏に秘密警察組織の暗殺者として育て上げられる子供たちという、深夜アニメ的には王道の舞台設定を用意する。

大人=社会に使い潰される若者たち―こうしたテーマ設定は、深夜帯オリジナルアニメの多くが背骨に持ってきた、一つのプリンシプルともいえる。

エヴァンゲリオンでは、エヴァ初号機パイロット・シンジは父にして特務機関ネルフのトップ・ゲンドウに潰された。

コードギアスで、ルルーシュはその怒りと知略で大帝国に反攻を挑み、世界を壊し、世界を創った。

まどか☆マギカでは、まどかは理不尽な世界を「慈悲」により包摂したが、ほむらの持つ「愛憎」との相克はいまだに続いている*1

日本の治安を守るための汚れ役、暗殺者として育てられたリコリスたちは、果たしていかに世界に立ち向かうのか?

作品は、冒頭から特殊工作員リコリス」を擁する秘密組織Direct Attack(通称DA、非常に物騒な名前・・・)の胡散臭さをにおわせながら展開する。

おそらく、メインヒロインの一人、千束(ちさと)のキャラクターからしても、彼女らの作品上の位置づけからしても、彼らは「しなやかに」こうした社会のゆがみと対峙し、スマートにいなし、技をかけて、ひっくり返していくのではないか、と予想する。

 

3.ストーリーにおける表現

注目すべきところは数多くあるが、キリがないので一つだけ。

第2話の終盤で、Wヒロインの一人、たきなが髪留めのゴムで千束を背後から狙い撃つが、千束が偶然よけて、その向こうにいたハッカーのくるみにヒットするシーンがある。

たきな、千束を狙い撃つ

この段階でたきなは、DAのエリートコースを外され左遷されたことを受け入れられず、憂さを晴らすためにもお節介な千束に「銃口」を向けた。千束とたきなには、バディとしての信頼関係はまだない。

その次の第三話が、千束とたきなが本当の意味でバディになるエピソードである。

この話数では、千束の天才的な戦闘センスが強調される。敵の視線、銃口などから正確に射線を予測、狙いの正確な敵の弾ほど身を翻して避けてしまう。当てようとすればするほど、彼女に弾は当たらない。

模擬戦闘でたきなは、初めて千束を信頼し、彼女の後ろにいる敵を打つためにあえて彼女を「狙い撃った」。千束は見事にたきなの射撃の射線上から離脱し、敵チームのリーダーにヒットさせる。

狙い撃つたきな

避ける千束

そしてヒット

第二話で、たきなは千束を信頼せず、ゆえに狙い撃っても当たらないことをもってバディになり切れない二人を描く。それを伏線として、次の第三話では信頼するからこそ狙い撃ち、二人で勝利を掴み取り、バディが誕生する。

舞台上の小道具などだけではなく、アクションシーンや一見無駄に見えるシーンも含めて、ひとつづつにドラマとしての役割が凝縮されている。作劇論の鑑のような濃密なシナリオ、場面設計である。

 

4.制作陣

1)監督

この作品は、制作陣もかなり珍しい。

監督の足立慎吾は、過去には絵コンテなども担当していたアニメーター出身の人で、なんとこの作品が初監督作品という。監督のみならず、脚本の構成も彼である。

見る前は初監督の作品ということで若干不安があったが、冒頭の朝焼けていく外の光の差し込む部屋でコーヒーを淹れるシーンが始まった時点で、「これならイケる」と不安がすべて払拭された。大げさではない。物語の語り初めにこそ、作り手の思考の深さ、作品に対する哲学の有無がすべて凝縮されていると思う。

冒頭シーン

大阪出身、大阪芸大卒ということで、いろんな意味で相当鍛えられている御仁なのだろう。

 

2)ストーリー原案

ストーリー原案はライトノベル作家アサウラ。彼が描いた作品で、閉店前のスーパーで半額シールの貼られた弁当をめぐって毎夜繰り広げられる熾烈なバトルを描いたバカバカしいラノベ、「ベン・トー」(「ベン・ハー」のパロディである)は、非常に楽しい作品であった。

本作品では、その深夜アニメ的シリアスさと、その理不尽と軽やかに身を翻しながら対峙するリコリスたちの持つコミカルさをバランスよく表現している。

 

3)キャラデザ

キャラクターデザインを担当したのは漫画家のいみぎむるで、過去作品に「この美術部には問題がある!」などがある。

近年は、一人の才能に頼るのではなく、こうした各分野の人材を組み合わせて触媒反応を起こす作品が多い*2。最近は、これに味をしめた無能なプロデューサーが、各分野のビッグネームだけ集めれば何とかなるだろうと投げやりな仕事をして大爆死する作品も散見される。

本作品の凄さは、まだトップコンテンダーではない才能たちを見事につないでいる点だ。

 

4)表現イディオム

最後に、このキャラクターデザインに注目してみておく。

本作品の制作スタジオは、ソニーグループが設立した大手アニメ制作スタジオ、A-1 Picturesである。資本力があり、制作基盤は強いらしい。

足立監督自身が総作画監督として参加している別作品「ソード・アート・オンライン」シリーズ(SAO)と同じスタジオだ。

この作品のキャラクターデザインは、そのスタイリングの部分で、このSAOと共通するものがある。

大きいが大きすぎない、たれ目でも釣り目でもバランスよく見える瞳。

額から顎にかけて、しもぶくれになりつつ、逆三角形に収束していく輪郭。

目の周辺では凹面が意識され、頬のあたりでふっくらと膨らむ造形。

これは、SAOであれば主人公のキリトやアスナなど全員に見られる共通の表現イディオムで、本作品では千束とたきなのキャラクター造形に援用されている。

本作品で特徴的なのは、この他にこうしたイディオムを共有するのは、くるみとミズキくらいだという点だ。他の男性や、脇役の女性陣はそれぞれ個性的な造形を与えられている。

主人公二人が持つ造形的特徴は、A-1 Picturesの作品の中の比較的多くが持つ特徴でもある。これには、理由があると思われる。

一つは、顔を様々な角度から描いても、常にキレイに、かわいく描きやすいだろうという点だ。つまり、どんなアングルからでもツブシがきくということだ。

千束、戦闘シーン

千束とくるみ

もう一つは、表情を豊かに魅せやすい、画にうまく芝居をさせやすい、という点だ。

明るく表情がよく変わる千束の芝居には、必須である。

千束、困惑の表情

一方、寡黙で表情が読みにくいたきなの、微妙な心情表現にこそ、こうした「芝居のできるキャラ造形」は重要となる。

懇願するたきな

挫折

模擬戦の勝利の後で、ライバルに見せるしたり顔

千束と少し打ち解け、バディとしてやっていくことを決意した表情

A-1 Pictures得意のこうした表現イディオムを、今回も十分に活かし切っている、というか、今までにないくらい活かしているように思う。

声優も人気や歌手活動の多さなどの興行的実力ではなく、どちらかというと芝居の上手さと役への理解度の高さで人選されているように思う*3。絵の表現の芝居の上手さと、実力重視の声優起用で、非常に質の高い映像になっていることがわかる。

 

5.終わりに

基本的に、アニメ作品の批評は視聴完了後にするつもりだが、この作品は中盤に差し掛かった時点で、「期待買い」込みでの中間評だ。

オリジナル作品のため今後どうなるかは不明だが、この若手中堅離れした安定感と緻密な作りこみを見せてくれる制作陣であれば、おそらくこのペースで最後まで走り切ってくれるのではないか。

*1:慈悲と愛憎は仏教における概念で、前者は後者を超越した先にある、涅槃の境地である。まどか☆マギカで、原作者新房昭之虚淵玄は、二人のヒロインそれぞれにこの二つの概念を象徴させた。

*2:新房・虚淵蒼樹うめ梶浦由記まどか☆マギカや、超平和バスターズこと長井龍雪岡田麿里田中将賀の「あの花」及び秩父三部作など

*3:たきな役は、以前紹介した「ハコヅメ」で「署内きってのアホ」の新人警官・川合を演じた若山詩音。

 

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千束役は、京都アニメーション響け!ユーフォニアム」の主人公の一人・高坂麗奈を好演する安済知佳