手軽な一揆の起こし方

エセ評論家の生活と意見

「ブルーピリオド」視聴完了レビュー

blue-period.jp

1.概要

タイトルの「ブルーピリオド」は、画家パブロ・ピカソが若かりし頃に創作活動の苦悩を抱えた、青を基調とした写実的な暗いタッチの絵を描いた時期、いわゆる「青の時代」から採られている。

東京芸術大学を目指す受験生たちの、主人公の合格までを描く生々しい苦闘のストーリー。原作では合格後の芸大での創作活動のストーリーが続くが、アニメ化は試験合格までだ。

この作品がすごいのは、もともとかなりニッチな受験モノというテーマ(それも代表作が東京大学物語ドラゴン桜などのようにゲテモノ、クセモノで、真正面から作品として高評価を与ええない)でありながら、さらにその中心にはたかだか「お勉強」などではなく「芸術」と「創作」を据えたこと、さらに創作の恐ろしさと血を吐くような苦闘を極めて生々しく描き切ったことだ。

東京芸術大学の油画専攻は、毎年現役生は1人2人しか受からないという超難関で、合格率40倍以上という。しかも審査されるのは、己の絵画。善し悪しの、何を目標に腕を磨くのが正解かの、基準がない。

これを見せつけられると、難関医学部受験で落ちたり、合格率2.8%の国家資格試験(ちなみにこれも「合格率40倍」くらいである)に合格したりしてきた筆者も、私がやってきた受験勉強など所詮は知れた努力であると思わせられる。

 

1.アニメーション技術面 45 / 60
1)キャラクター造形(造形の独自性・キャラ間の描き分け) 8 / 10
2)作り込みの精緻さ(髪の毛、目の虹彩、陰影など) 7 / 10
3)表情のつけやすさ 7.5 / 10
4)人物作画の安定性 7 / 10
5)背景作画の精緻さ 7.5 / 10
6)色彩 8 / 10

2.演出・演技 158.5 / 170
声優
1)せりふ回し・テンポ 7.5 / 10
2)主役の役者の芝居(表現が作品と調和的か・訴求力) 7.5 / 10
3)脇役の役者の芝居(表現が作品と調和的か・訴求力) 8 / 10
映像
4)意義(寓意性やスリル)のある表現・コマ割り8.5 / 10
5)カメラアングル・画角・ボケ・カメラワーク8.5 / 10
6)人物表情 8.5 / 10
7)オープニング映像 10 / 10
8)エンディング映像 10 / 10
音楽
9)オープニング音楽 
作品世界観と調和的か 10 / 10
メロディ 10 / 10
サウンド(ヴォーカル含む) 10 / 10
10)エンディング音楽
作品世界観と調和的か 10 / 10
メロディ 10 / 10
サウンド(ヴォーカル含む) 10 / 10
11)劇中曲
作品世界観と調和的か 10 / 10
メロディ 10 / 10
サウンド(ヴォーカル含む) 10 / 10

3.ストーリー構成面 70 / 70
1)全体のストーリー進捗のバランス(エポックの配置等のバランス) 10 / 10
2)時間軸のコントロール 10 / 10
3)ストーリーのテンションの保ち方のうまさ(ストーリーラインの本数等の工夫等)10 / 10
4)語り口や掛け合いによるテンポの良さの工夫10 / 10
5)各話脚本(起承転結、引き、つなぎ) 10 / 10
6)全体のコンセプトの明確性 10 / 10
7)各話エピソードと全体構造の相互作用 10 / 10
総合評価 273.5 / 300 = 0.91166666 ≒ 91%

 

総合得点91%以上、Sランク。

 

2.時間軸の使い方

この作品のキモは、何をおいても原作、脚本双方の時間調整のうまさである。

上記の通り、脚本分野はフルスコアとなった。

ポイントは、ディエーゲーシスとミメーシスである。

主人公の八虎が絵画に目覚め絵を描き始める高校2年生の半年以上の期間は、1話、2話で一気に駆け抜ける。

エポックといえるエピソードだけをぶつ切りでテンポよく置いていく手法は、「ダイジェスト」あるいは文学理論で使われるギリシャ語を使えば「ディエーゲーシス」である。

主人公が3年生になり美術予備校に入って創作をめぐる葛藤を抱える4月から12月までのほとんどは5話、6話。これもかなり大胆にダイジェストしているが、物語が進むごとに、時間の密度が徐々に大きく、細密描写(ミミックの語源である「ミメ-シス」)になっていく。

そして全12話中の後半、第7話以降は、芸大受験である。

第7話で芸大一次試験のデッサン(芸大はセンターの後の「二次試験」がさらに一次のデッサン、二次の油画に分かれるらしい)

第8話から10話ででは一次と二次の間の創作をめぐる主人公のさらなる成長のエピソード。

そして11話、12話で最終試験、二次試験に臨む。

話数前半は、数か月を一話で駆け抜けるスピード感だが、後半は、濃密な一日を一話丸々かけて、さらには2話に分けてまで描く。

原作は未読だが、この時間軸の設計図の大枠は原作から譲られたものであるようだ。

それにしても、わずか12話のアニメに、原作マンガ6巻分を押し込むのだから、通常は全体がただの駆け足=ダイジェストになってしまって、「何かを言っているようで何を言っているのかわからない」作品になりがちだ。

しかし、本作品はアニメ化の落とし込みに際しても、見事に、戦略的に「ディエーゲーシス」と「ミメーシス」のタクトさばきを見せ、見る者を飽きさせず納得させることに成功した。

この魔術のごとき指揮棒を振るった脚本家は誰か?

吉田玲子である。

彼女は現在のアニメーション作品の脚本家の中でも、間違いなくトップオブトップの実力者だが、数ある彼女の凄さのうち、最もそれを特徴づけると思われる力を、本作品でも発揮した。

作品の時間軸を操る力である。

京都アニメーション作品「けいおん!」シリーズで、監督山田尚子とのタッグでムーブメントを巻き起こした。

思えば、この作品からして、彼女が見せた異能は、この「時間軸の操り方」であった。

どこでディエーゲーシスを用い、どこでミメーシスに持ち込むのか。これを使う物語上の必要性、バランスの限界点などがすべて見えているのだろう。

けいおん!」では、高校1年生、2年生の2年間を、第一期の13話で一気に描いた。第二期「けいおん!!」では、高校3年生の1年間を、25話(だったと思う)をかけて描いた。第一期の4倍の濃さといえる。

単純に時間を自在に割り振るというのではなく、なぜそこはディエーゲーシスでなければならないのか、なぜこちらはミメーシスなのか、という根拠・理由・必然性がある。

作品テーマの核心に近づくほどに、時間の密度が指数関数的に上昇するのである。

 

3.吉田玲子の他作品(詳細後日)

つい先日放映が終わった作品で、吉田が脚本、山田尚子が監督を担ったものがある。「平家物語」だ。

heike-anime.asmik-ace.co.jp

 

ご案内の通り、12巻ある大作軍記ものを、わずか1話24分×12話のアニメ作品に落とし込んだ。

これに関しては、極めて複雑に、かつ精緻にディエーゲーシスとミメーシスのタクトを振っている。

詳述は後日とするが、軍記ものの花形である戦闘描写は、大胆にもディエーゲーシスで、牛尾憲輔(「聲の形」でも参加)の現代的なビートの強いサウンドトラックに乗せて描かれるのみだ。驚くべき采配というしかない。

重盛や徳子などの「平家物語の上では」良識があったとされる人々の不安、平家第1巻屈指のエピソードといえる「祇王」のみぐしおろしのエピソードは、極めて丁寧に扱われる。

清盛が権勢をほしいままにする第1部だけで物語の半分以上を使い、義仲が主人公となる平家物語第2部、義経が中心の第3部は、どんどんとディエーゲーシスで畳みかける。

この滅亡に到るシークエンスを描く「取り急ぎの事実の羅列」のような「身も蓋もなさ」によってこそ、まさに盛者必衰の虚しさが描かれうることを、彼女らは十全に理解し、意識し、戦略的に使いこなしている。

旭日の勢いの中にあって不安を描くことは丁寧に、崩壊が始まれば一気に瓦解させる。

これほどの物語の運ばせ方は、常人では、仮に思いついてもな絶対にしえないだろう。

「平家」の幅広く奥行きのある物語のなかで、何を中心的価値として描くかを的確に選び、「原作物のアニメ化」でありながら、それを自らのものとして表現しきった。

「ブルーピリオド」において吉田が見せた芸当は、もしかしたら鼻歌交じりにやってのけたに過ぎないのかもしれない。