前回途中で放棄した寸評の続きである。
本当に寸評で終わらせる。
1.「戦争と平和1」レフ・トルストイ著、望月哲男訳、光文社(古典新訳文庫)(済み)
2.「天皇の歴史5 天皇と天下人」藤井譲治著、講談社(学術文庫)
3.「ハリー・オーガスト 15回目の人生」クレア・ノース著、雨海弘美訳、角川文庫
4.「熱源」川越宗一著、文藝春秋
2.「天皇と天下人」藤井譲治著、講談社(学術文庫)
伊藤正敏「アジールと国家」で端的に指摘されるが、武士の最高実力者が武門の棟梁として朝廷から認証されるための必須条件が、「京都の治安維持の責務を全うすること」であるらしい。
戦国末の織豊政権期から徳川政権期にかけての天皇及び朝廷も、一貫した関心事は、「自分の身の回りの安全」のみのようである。つまりは日和見主義である。
また、この著作で初めて、秀吉がどのような経緯で関白の座を得たのか、詳細に知ることができた。完全な漁夫の利であり、開いた口がふさがらぬような顛末である。
さらに、「豊臣」とは「氏」であって苗字ではないということを、初めて知った。まだまだ知らないことが多いものである。
私はてっきり、豊臣は、秀吉は一条家の猶子(相続権のない養子)となったことで称した、藤原氏となった秀吉の苗字だと思っていた。例えば、藤原氏の家門の苗字である一条家、二条家、九条家、近衛家、鷹司家、のようなものだと。
しかしどうやら違うらしい。
秀吉は、羽柴姓の時期に一条家の猶子となり、太政大臣や関白となる資格を得た(これらは、藤原氏や平氏でないとなれない、らしい。信長が太政大臣に推任され得たのは、彼が伊勢平氏(平家や鎌倉幕府の執権北条氏と同じ流れ)だったからでもある)。
藤原氏の猶子として関白になった後で、天皇からこれまでにない新しい「氏」である「豊臣氏」を賜ったということになる。そして以後、関白の座は藤原氏の五摂家のみならず、豊臣氏も就任できる地位を世襲的に獲得した、ということのようだ。
豊臣は、源平藤橘や安倍、物部、大江、秦などの各氏と同じカテゴリのものらしい。
これで、納得した点がある。
秀吉は、政権による全国支配を経て、各大名に「豊臣」を与えているのである。従前、豊臣を苗字と思っていたため違和感があったが、これで解けた。
秀吉は、自身の苗字ではなく、氏を下賜したのである。そして豊臣は、もはや血縁的紐帯(大陸の宗族のような)にとどまらず、秀吉による統治権力に恭順・協力する勢力のメンバーシップとして機能していたようである。
非常に学びの多い書籍であった。
3.「ハリー・オーガスト 15回目の人生」クレア・ノース著、雨海弘美訳、角川文庫
著者のクレア・ノースは天才である。
彼女は、少なくとも21世紀中葉までは、世界文学をけん引する一人になるであろう。
私は著者の名前も属性もほとんど気に留めずに読み始めた。ワンシット・リーディング。読み始めたら止まらない。
あらすじは言及しない。興味があるならアマゾン見れ。そして買え。そして読め。
半ばまで読み終えたところでふと著者プロフィールを見て、驚愕した。1986年生まれ、そして覆面作家とはいえ、名前はどう見ても女性の「クレア」。
てっきり、50過ぎのベテラン男性作家かと思い込んで読んでいた。
多作の大ベテラン作家が鼻歌交じりに書くような、洗練された文章である。実際、クレア氏がその正体を自ら「キャサリン・ウェブ」であると明かすまでは、正体はベテランの男性作家だとする予想が飛び交っていたようだ。
そのキャサリン・ウェブ氏は、ヤングアダルト小説の旗手として、若干14歳(!!)で作家デビューした早熟の天才である。本作を上梓したのは27歳の時である。
描写は重厚だが文章は軽やか。テンポはいいのに心理は深く彫り込み、心象や情景の描写などお手の物。スケールが壮大すぎて、描き切れない部分も多いのだが、そういった部分はざっくりと潔くそぎ落とす。しかしそれが作品を陳腐なものにしない不思議さ。
おそらく、世界の存亡をかけた壮大なスケールの物語であるにも関わらず、その命運が主人公とその「永遠の」敵に集約されるという、我々アニヲタの大好物である「セカイ系」に通じる構成であることが、これを可能にしているのかもしれない。
ヤングアダルト小説(ハイティーンから20代などの若者向けのファンタジー等のジャンル、らしい。詳しくは知らん。)の作家が、世界文学というべきスケールで物語を展開させ、世界的スマッシュヒットを打ったのは、我が国のライトノベル作家の方々とっても勇気づけられるものではないだろうか。
日本でも、ラノベと一般文芸の垣根は低くなってきている。出版業界にあるという、「ハードカバーで出版されないと文学賞のノミネートがされない」などのアホな不文律を取り払っていければ、より自由にジャンル・クロスオーバーな作品のマーケットができるだろう。
ラノベをそれほど読み込んだわけではないので控えめに言及するが、ラノベといってもSFジャンルだけで「オール・ユー・ニード・イズ・キル」等から「涼宮ハルヒの憂鬱」まで、他にもファンタジーも王道から異色の「狼と香辛料」、心理描写が秀逸な青春ものならば「やはり俺の青春ラブコメは間違っている。」など、ものすごく広い分野にわたって、それぞれに金字塔的作品がある。つい最近でも、先日紹介した86ーeighty sixーなど、秀作は生まれ続けている。
小説投稿サイトの「小説家になろう」発のものも数知れず、「Re; ゼロから始める異世界生活」などもはずせない。
ミステリ系でいえば、ラノベよりのキャラ小説的色合いが強い西尾維新から、舞城王太郎、森博嗣、京極夏彦など一般文芸ジャンルへとなだらかなグラデーションがあるし、ファンタジーならば森見登美彦などもアニメとの親和性という点では近いかもしれない。
出版社の慣行などのしがらみを取り去って、才能のある作家が色眼鏡なく評価されるようになってほしいものだ。
後半に続く。